自分の発言に責任を持つという意味でも、ちゃんと反応しておきます。
ずいぶん前ですが、河野さんから聞いた言葉です。
「いま、有償の仕事が3つ、無償の仕事が2つです」
2つとか3つというのは正確な記憶ではないのですが、無償の仕事という言葉がすごく新鮮でした。それまでもNPOに携わったりしていたのですが、どのように表現すべきか分からなかったんですが、無償の仕事という言葉ですっきりしたのを覚えています。
これはたしかに言ったのを憶えています。もう2年以上前の話だけど。
だけど、今は「無償の仕事」って言葉は言わないと思います。せいぜい「ボランティア」かな。
ぼくは基本的に「仕事」というのは対価を得るもの(期待して行なうもの)だと思っています。だから金銭であれ現物であれ、あるいは○○さんとデートできる権利であれ、それをやることで自分に具体的かつ直接的なメリットがあるものでないと、仕事とは思っていません(それ以外は「趣味」や「道楽」の領域だと思っています)。
で、当時のぼくは今よりももっとピュアで、その頃もあるベンチャーのお手伝いを(他からの収入が十分にあったので)無償でしてたんだけど、ストックオプションがもらえるとか、黒字化したら払うからとか、そういう口約束を信じて毎週通ってました。深夜まで会議をしたときも帰りのタクシー代は自腹でした。まあそのぶん食事はほぼ毎回ご馳走になってたので、交通費はある程度、納得済みでしたけど。
でもけっきょくその会社とは長続きしませんでした。
報酬がゼロなのに、訴訟リスクは負ってくれという話になって断ったのが最後のやりとりでした。とてもショックだったし残念だったのを憶えています。
ぼくが最初からそれを仕事と思わず、ボランティアだと思ってれば別だったんでしょうけど、やっぱり将来の報酬を期待してたのは事実なので。
お金のため「だけ」に仕事をするのは悲しいことだし、もっと誇りに思えることとか感謝されることに自分の時間や能力を使いたいと思うのはいいことです。
でもやっぱり、「無償」と「仕事」は相容れないんじゃないかと、今のぼくは思っています。
また、ぼくはこういう利己的、利他的な活動についてはいろいろと考えることが多くて、定期的に自分の状況を見返しています。どっちがいいとかじゃなくて、両者のバランスをうまく取ることが人生を充実させるヒントだと思っているので。
そういう意味では今年は利他的に偏りすぎててバランスが悪かったなと反省しています。今年はアシスタントを雇ったり、私塾や読書会を主催したり、儲けることは一切考えずに人の役に立ちたいとか、若い人間を育てたいとか、いろいろと大仰なことを考えて自分の時間とお金を使ってきました。
でもその結果、身体はぼろぼろになってて、貯金もけっこう目減りしてて、年の瀬に振り返ってみたときに「ちょっと(利他的に)振りすぎたな」と思った次第。
crossreviewや「漫画ニュース」のように「趣味」と言い切れるものはどうってことないし、いざとなったらやめればいいんだけどね。
冒頭の大木さんの記事はそういうことを最近考えていたときに読んだので、たかだか2年前の自分の発言なのに、なんか思うところが多くて(多すぎて)なかなか文章にできなかった。
ようやく来年に向けての覚悟ができつつあるので書きました。
ライフワークってのは無理のない範囲でやらないと苦行になっちゃうから、自分の余裕(金銭的とか精神的とかいろんな意味での余裕)と相談してやらないとダメですね。
とはいえ金のためだけに生きるのはまっぴらごめんなので、できる範囲で来年も利他的な活動をやっていこうと思っています。それはきっと「無償の仕事」ではなく、「道楽」と呼ぶべきなんだと思います。
[追記]
検索したら、永六輔がこんな本を出してるみたい。内容紹介を読む限り、彼が言ってる「無償の仕事」は「ボランティア」の意味で使ってるので、やっぱりこのへんは定義次第ですね。
講談社
定価: ¥ 714












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