マーケティング読書会に向けて、「『紫の牛』を売れ!」を読み返した。
結論から言うと、思ってたほど良くなかった。想い出が美化されてるパターンだった。おかしいなあ。
本書でセス・ゴーディン(セスって略すと微妙なので毎回フルネームになってしまう)が言おうとしてるのはシンプルで、「他社と似たようなモノを作り、大量の宣伝広告で売ろうとする」よりも、「あっと驚くようなモノを作り、話題性で売る」ほうがいいということ。
モノが溢れ、情報が溢れているからこそ、知ってもらうコストが上昇している。だから特徴的な商品やサービスを作れば、それがクチコミになって広まり売れるという主張なんだけど、否定はしないものの釈然としない部分も残る。
たしかに高度なマーケティング、言い換えれば本当のマーケティングは商品やサービス(時には企業)のすべてを統治することになる。
だけど多くの企業では、それはできない。売りたくもない商品、自分が使いもしないサービスをマーケティングしなければならないという悩みを何度も聞いてきた。
最悪なのは、本人が売れないなと思ってる商品なのに、予算だけは確保されちゃってて、その予算があるなら商品を直せばいいのに、その時間は用意されてなくて、しょうがないから広告枠を見繕って出稿するというケース。あるよねー。
現実問題として「広告しかできない」マーケティング担当者が多いことも事実で、ぼくもここを改善していくためにどんな側面支援ができるかを日々考えている。
これは本当に難題で、日本にCMOやブランドマネージャー制度が誕生しない件も含めて、一朝一夕にどうにもならない。なんとかしたいんだけど。
セス・ゴーディンは「広告にお金を使うなら、常識破りな商品の開発や改善にまわしたほうがいい」と言っている。そういう予算のシフトができると素晴らしい。で、キャズムを超えたあたりから(本書でいうところの乳を搾る段階に入ってから)マーケティング部門は一般向けにマーケティングを行なえばいい。
みんなヒマになっちゃうね。マーケティング部門をアウトソースして、必要な時だけ雇うようにしたらいいのかな。効率悪そうだけど。
マーケティング部門の発展的解消というのも、ひとつの手。
セス・ゴーディンはこれまでも「すべての社員はマーケターである」というような主張を繰り返してきたし、HPの創業者であるデビッド・パッカードも「マーケティングはあまりに重要であるため、マーケティング部門だけに任せてはおけない」と言っている。
ただまあそうは言っても、遊撃部隊として動ける戦力はいるから、ゼロにはできないだろうな(ブランドマネージャーと数名のアシスタントがその役割を担えればいいのかも)。
んーほんとにゼロにできないのかな。自分がマーケティングを生業にしてるから、贔屓目に見てる部分はあると思うんだよね。
このへんはちょっと時間をおいて冷静に考えてみたほうがいいかも。
んで、読書会ではこの本の「良かったところとその理由」について語らなきゃいけないので、仏の目線で見返してみた。
まず、「紫の牛」を作り出すには、競合を見なければならないわけで、そこを説いてるのはいいと思う。顧客志向なんて言葉があって、これはもちろん大事なことなんだけど、それと同じくらい(時にはそれ以上に)大事なのは競合志向。競合と比べて、相対的に秀でてないと(特長がないと)目立たない。
単なる顧客志向じゃなくて、ちゃんと市場内の相対的位置を自覚することを薦めてるのは良かった。
次に、上記の通り現実的かどうかはさておき、正論を主張したのも評価したい。やっぱり向かうべき方向としては広告非依存だとぼくも思うし、とんがった商品を作り出すことでニッチマーケットの支配者になることが、これからの企業のひとつの成功パターンだと思うから。
そんなところかなあ。
読書会でみんながどんな感想を述べるのか楽しみ。
ダイヤモンド社
定価: ¥ 1,470












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