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反論を予測しながら書く文章はつまらない。

糸井さんのインタビューが載ってるってことで、『考える人』という雑誌を買った。それはそれでもちろんおもしろかったんだけど、養老先生のインタビューがすごく良かったので紹介。

反論を予測しながら書く文章はつまらない。」というタイトル。

IMG00271-20091023-1145.jpg

書き出しがこれ。

 紙に印刷されて発表される文章と、ネットにのる文章は、どうしたって違ってくるはずなんです。ネットの場合は明らかに、反論を予測しながら書くことになりますから。読む人間がどう反応するかを極端なケースまで予想して書く。ウェブは、書いたことにかなり悪口を言われますからね。しかも、新聞や雑誌をちがって反応がダイレクトだから、書いたほうもついつい悪口を読まざるを得なくなる。そうすると、あれこれのケースを考えながら書くようになって、すっきりした文章にならない。読んでいるとなんだかうるさい感じの文章になってくる。
 反論を予測しながら書くとどうなるかというと、これは官僚の作文に近くなっていきます。しかし、用意周到な文章なんて、読んでいてこれほどおもしろくないものはない(笑)。
(『考える人』44ページ)

わかるなあ。企業の発表でもそうなんだけど、個人ブログでもエクスキューズだらけになってる人って多いですよね。このへんは実名匿名とかもからんでくるので、たとえば2chだとそこまでわかりにくい文章になりにくいんだけど(別の意味でわかりにくいというかとんちんかんな文章は多いけどね)。

というか、まさにいま書いた

(別の意味でわかりにくいというかとんちんかんな文章は多いけどね)

こそが反論を予測して付け足してるわけなんだよな。
「いやいや2chにだってわかりにくい文章はあるだろうよ」という反論がきっと来るだろうと予測して、先回りして書いちゃうわけですよねえ。

これが良くないとは言わないんだけど、まあ「で、何が言いたいんだ、お前は」ってなりやすいのも事実ですね。

ぼくはわりとぶっちゃけて書くほうではあるんだけど、それでも誤読を防ぎたいためにあれやこれやと付け足しがちです。
「○○が嫌い」になるのは本意ではないので、「○○のここが嫌い」と伝わるように書こうとするために、ついつい余分な文章を書いちゃう。結果、当初の倍くらいになったりする。

ただまあもうちょっとわかりやすい文章を書きたいものですね。

そういう意味では、Twitterのように字数制限があると余計な言い訳を付け足せないので、本当に言いたいことだけをずばっと言い切ることになっていいかもね。誤読もあるんだけど、まあよほどのことがない限りはいいんじゃないかと。

ブログやTwitterに限らず、もっと自分の主張をしあえばいいと思うんですけどね。日本にはそういう(ちゃんと自分の立ち位置を明確にした上での)ポジショントークが少ないと思うので。

先日マーケティングis.jpに書いた「リーガル→モラル→プライド」という記事もそのへんを意識したわけですが、評価の大半なんて好き嫌いで語ってるだけなんだから、もっと言っていけばいいと思います。

ちょうどこないだガールズなんちゃらってのが出てきたときに、別のガールズなんちゃらの人たちが罵倒してたけど、いいと思うんですよ。それに乗っかってわーわー言う連中はどうかと思うけど、ガールズなんちゃらがガールズなんちゃらのことをガールズなんちゃら的に語るのはすごくいいと思った。

ただまあ当然、誰かを批判すればブーメランとして自分にも返ってくるわけで、「お前誰だよ!」って言えば、「お前こそ誰だよw」って言われるだけでね。

ののしりあうだけじゃ何も生まれないけど、善悪の議論の前に、好き嫌いを主張するのは大事なことだよね。だからこそ断固戦うべき一線を引いて、絶対ぶれない軸を自分の中に作らなきゃいけないわけで。

つまらん自主規制だらけは既存のメディアだけで十分。ま、そうは言っても反論怖いしね、いろいろ付け足しちゃうよねえ。


[追記]
養老先生はこうも言ってる。

 言論っていうのは元来そういうものじゃない。ほんとうは独白なんですよ、言論は。他人の独り言であって、たんなる独り言に対してわざわざ文句を言ってくるんじゃないってことです(笑)。はっきり言ってしまえば、そういうことなんだけど、ウェブの人の文章は、読んでみるとどうも独り言じゃないんだな。反論を予測しながら書いているとしか思えない。
(『考える人』44ページ)

まあ独り言じゃないことと、反論を予測しながら書くことはぜんぜん違うので、ここは若干なに言ってんのかわかんないんだけどね。
これは別にウェブに限った話じゃなく、書籍や雑誌でもようは「聞いてほしい独白」なわけですよね。これを独り言としちゃうのはちょっと違和感がある。反論はいらないけど、反応はほしいわけで。

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似たような話が続いてすみません。...

コメント(15件)[コメントだけのRSS]

SNSの日記はよりその傾向が強い気がします。当然ながら読まれることを意識して文章を書くわけですが、読む人の顔が見えている時点である程度制御してしまう部分が無意識にあるのでしょうね。

僕は不特定多数に向けてきちんと自分の意見を出したいと思ってブログは本名で書くようにしていますが、幸か不幸か今のところ面と向かって批判コメントやメールをいただいたことはありません。ただし、無断引用で非難されていることはたまにあります。せめてTBしてくれればいいのに、とは思います。

21310さん、コメントありがとうございます。

顔が浮かんで「言いたいことが言えない(書けない)」のは、この話とちょっとちがいますけどね。
それは人間関係によって生まれる自己制御なので。

むしろ知らない人たちからの批判を恐れて批判できないとかってケースですね。
それこそコメント欄だけじゃなく、はてブとかTwitterとかTumblrとか反論がくるルートはたくさんありますし。

反論のすべてが悪いわけじゃないんだけど(自分の間違いに気付くこともあるし)、ピンボケの会話が成立しない人に捕まるとストレスでしかないから、そのへんがぼくにとってはブレーキになってる気がします。

確かにいらぬ誤解を避けようとする傾向はありますよね。
悪いこととは思わないものの、あやふやになったり弱くなりすぎたり、いろいろありそうです。
どちらがよりよいというには難しいものがありそうですが。<このあたりもその傾向がw

ほどほどにってことなんでしょうね。
ま、どこまで予防線を張ったところでトンチンカンな人が言いがかりをつけてくることはあるので、ゼロにはならないんですけどね。

反論が『自分』に届くからという理由もあるだろうけど、その反論が『読者』にも届くからという理由も大きい気がします。

出版物は、読んだ人にはその著者の意見しか見れないけど、例えばブログはコメント欄も見れますからね。
第3者の評価も併せて見ることができる、というのは大きな意味があります。

そういう意味で言うと出版物での言論は言いっぱなしができちゃう分、楽してるんじゃないかなと思いますね。反論に耐えうる文章を書く努力がいらないわけですから。

たしかにそれはあるよね。
ネットの場合、衆人監視下でやり取りするわけなので。その理由が羞恥心(みんなの見てるところで恥をかきたくない)というのは、そもそも言論活動の自己否定になっちゃうのでどうかと思うけど、いろいろめんどくさいというのはあるだろうね。

問題視しなきゃいけないのは、言いがかりとか、反論のための反論をしてくるバカがいることで、そういう輩を恐れる(あるいは応対をめんどくさがる)あまりに、言いたいことが言えないとか、オブラートに包みすぎて何言ってるのかわかんなくなるとか、そういうことがどうすりゃ減らせるのかって話だよね。

議論が起こることはいいことだと思う。完璧な人間なんていないわけだから、正しい反論なら受け入れるべきだし、そういうコメント欄のやり取りも含めて、ひとつの論が形成されていくわけで。

ただまあ現実的には難しいんだろうね。
ぼくは性悪説支持者だから、そういう人がゼロになるとは思えないし。

でも自分はコメント欄こそがおもしろいと思うので、ネット派です。
先読みして叩かれないように書くのは大事でしょ。
つまらないかどうかなんて書き方の問題。

コメントありがとうございます。

「反論」って言葉が各自がいろんなふうに解釈してるんですけど、たぶんここでの「反論」は言いがかりとか揚げ足取りとかって意味ですね。少なくともぼくはそう読んで書いてます。

コメント欄がおもしろいというのはまったく同感で、過去にも何度か書いています。

ブログはコメントを通じて論が形成される | smashmedia
http://smashmedia.jp/blog/2007/06/000893.html

ブログはコメントがおもしろい | smashmedia
http://smashmedia.jp/blog/2007/07/000818.html

で、コメントを通じて論が形成されるためにも、ろくすっぽ読まないでいちゃもんつけたり、枝葉のところを取り上げて揚げ足取るようなのは、なるだけ排除したいわけです。
そういうのを相手にするストレスで書けなくなるのは一番つまらないことなので。

先読みして叩かれないようにするというのはわかるんだけど、できればそんな意味のないことはやりたくないわけで。


読んだ人がどう思うかは考えるなぁ。
自分のせいで荒れたらブログ主に悪いから。
自分の意図しない捉え方をされることもあるから言葉足らずは危険だとも思う。

養老先生のおっしゃることで、ひとつだけ言えるのは、独白と意見を取り違えていると思われること。
意見とは本質的に相克状態になることの方が多く、多様な意見を論じ合ったり、意見交換をすることを念頭に置いてネット上で意見を発信すればいいだけのことで、悪口を書かれてもそう簡単に怒らないことだろうな。
独白は基本的に自己完結の方向に向かっていて、他者の意見を視野に入れておらず、他者から意見されること自体を想定していない。
論文は論破が目的ではなく、知識や財産を蓄積するためのもので、反論を元々想定して書く。
意見は述べるが反論は認めないというのは基本的に不遜。

>匿名さん
コメントありがとうございます。
ぼくも読んでほしいし伝わってほしいので(伝えたいので)誤解されないように意識して書きます。
そういう「配慮」とここでの話ではちょっとちがうんだろうと思っています。
養老先生がどういう意味で言われてるのかはわかりませんけど。

>mao_mk68さん
コメントありがとうございます。
言葉の定義は各所の反応を見ていてもバラバラなので、なかなかそこを詰めないで議論は成立しないのだと思います。
意見交換や、双方が踏み込みあった(じつに抽象的な表現ですけど)対立や反論は有意義だと思いますし、時間や場所を共有しなくても議論できるネットの言論空間はすばらしいとぼくも思います。

ぼくは養老先生がおっしゃってる「反論」を、この手の建設的なフィードバックではなく、揚げ足取りや、ろくすっぽ真意を読み取ろうとせずに言いがかりのような茶々入れのことだと理解しました。
それは何も生まないのでぼくは必要としないし、読みたいとも思いません。書かれれば腹も立つし、いかに読まずにすむかを考えます。

よほど強い人でもなければ多くの人は似たような考え方だと思うんですけどね。

学校の授業でも実力別のクラスにしてはどうかという議論があるけれど、紙媒体で書く場合にはついて来れないアホを見捨てて、エリートクラスの授業みたいな文章を書いてても良かったわけです。

ところがネットではアホが低レベルなイチャモンを付けてくるので、だんだんそれ(反論)を予測しながら書くことになる。そういう文章は落ちこぼれクラス向けの授業みたいになっちゃう。つまりある程度のレベルの人からすれば、つまらないということです。

養老先生は著書のなかで、自分の意見に自分で反論を考えてみろ、と反証可能性の大切さに触れてらっしゃるので、決して独善的な文章を書けとおっしゃっているのではないと思います。

コメントありがとうございます。

養老先生が著書でおっしゃってたことを教えてくださり感謝します。

そうですね、ぼくもアホが低レベルないちゃもんをつけてくるというのをいかに読まずにすむかを考えたいと思っています。
そういうのをなくすのはムリだと思うので、せめて本人が読まずにすむようにできれば、自明のようなくどい説明もいらなくなるし、普通の人なら取り違えがない程度に配慮した文章を書けばいいわけで。

まあここで「普通の人」とか書くと、それだけでカッカする人もいるわけですが。

たとえば「朝は明るい」と書いたときに、「曇りや雨の日はそうでもない」とか「白夜なら夜でも明るい」とかそういう反論(低レベルな言いがかり)を予測して、「朝は明るい。もっとも曇りや雨の日はそうでもないし、北欧などで見られる白夜なら夜でも明るい」と書くのはバカバカしいわけで。

主張そのものをぶつけあうには、お互いある程度の知識レベルがないといけなくて、当然いろんな前提を共有してないといけないわけですが、ウェブの場合誰でも読めちゃうので、とんちんかんな反応が返ってくるわけですね。悩ましい話です。

常々そう思ってましたw
ネット上だとそもそも読まずにコメント書いてる人も
いるのであまり気にする必要はないとは思ってるんですが。

コメントありがとうございます。
そうですね、読まずにコメントする人もけっこういるので、そんなのと付き合う必要はないんですが、でもコメントとして残されると(削除するにせよ)読まずにはいられないので困りますね。

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