こないだの『日経MJ』の一面を見ててもそう感じるし、本がいっぱい出たり、すごいよすごいよと言ってる人たちの顔ぶれを見てても、似てるなあと感じるんだけど。
「セカンドライフは成功だったのか、失敗だったのか。」よく流行りものサービスが出てきた時に「セカンドライフみたいで云々」と言われることがあります。
なんでもかんでも「セカンドライフみたいで云々」とは言わないけど、Twitterに関しては最近すごくそう感じてるのは事実。
このエントリーでは「失敗」の定義もろくにしないで、外野が勝手に失敗とか言うのはおかしいよねって話で、それはまあそのとおりだし、ぼくも「失敗」ってことは言ってないつもり。たぶん過去にも言ってないはず。
どっちかっていうとそれを取り巻く雰囲気に対する嫌悪感とか違和感のほうかな。
ここでの「セカンドライフ的」というのは、・日本を代表する広告代理店が踊ったけど目立った成果を残せなかった。
・一般企業が、こぞって参加した・そして、希望する集客が得られなかった
というあたりを示していて、保守的で実績重視な日本人社会の中で、珍しくチャレンジングに動いて見事にうまくいかなかった現象を「セカンドライフ的」と言うんだと僕は思っています。
とあるんだけど、ぼくの感覚は違うな。
ぼくは「セカンドライフっぽい」と語られるときはむしろ「作られたブーム」のことを指してると思ってたんだけど。
(あえて言うなら最初の項目かな)
電通がどうとかってよりも(あれはほんとにアホだと思ったけど)、新聞も雑誌もテレビも揃って持ち上げてたところ。
まああと「失敗」って言ってる人をちょっとだけ擁護するとすれば、それは「言われてたほど流行らなかった(普及しなかった)よね」ってことだと思います。
セカンドライフの時はどっかのベンチャーの社長さんが「いずれメールアドレスと同じように社会人はアバターを所有するようになる」とか言ってたけど、ぜんぜんそうはなってないし、まあならないよねってことを言ってるんだと思う。
そういう意味ではべつに胴元のリンデンラボに対して「お前ら失敗だな」と追求してるつもりは誰もないんじゃないかな。たぶんね。
Twitterどうなるんですかねえ。
[追記]
セカンドライフについては過去にこのブログにもいっぱい書いてるわ。
[さらに追記]
記事の内容とは関係ないけど、冒頭にある
この記事の文字数:2664文字(約74行) [長いから前の画面に戻る]
っていいですね。こういうのはぼくもやりたいな。どうやってんのかな。











コメント(2件)[コメントだけのRSS]
行数表示は、本文領域のdivの中の文字数数えて、大体、一行の文字数をざっくり数えて行数を割りだしてるだけですー。
ハイパーリンクのHTMLも含めて割ってますが、100行もあれば、大した誤差にならないとアバウトに割り切ってます。
過激な意見を書いた際のカウンターで、記事への一番のツッコミ所で「文章が長い」とか言う、どうでも良いコメントを見るのが嫌だったので、先に表示しておくようにしました。
投稿者: f-shin | 2009年11月30日 17:41
なるほど(理由はさておきw)いいですよね。
ぼくも流用させていただきます。
投稿者: 河野
|
2009年11月30日 19:53