ビジネスを戦争にたとえることがなんとも品がないのは認めつつ、けっきょくのところ(それが本人が望もうと望むまいと)他者との競争関係に置かれている以上、戦争というメタファーはきわめてわかりやすいのも事実。使いたくはないんだけどね。
(あと最近はそのさらに上位に属する政治や国の統治という視点で見ることもあるし、あるいは戦争を想定しつつその戦いからいかに降りるかということも考えてるんだけど、それはまた別の話)
戦争をメタファーにするのはいいとして、そのなかで出てくる「戦略」と「戦術」の定義があいまいなまま話されてることが多いのは問題で、このへんは平和ボケした国民が戦争を例にとるなということではある。
とりあえずヤン・ウェンリー提督の言葉を借りれば、
「結局、戦略とは戦争全体の勝敗を決めるための基本的な構想とそれを実現するための技術。戦術とは局地的な戦場で勝敗を決するための、いわば応用の技術。状況をつくるのが戦略で、状況を利用するのが戦術だよ。」
つまり「戦略」というのは「戦争の目的(コンセプト)を明確にして勝敗の条件を決めて、有利な状況をつくるための技術」であり、「戦術」は「全体の中の一部において勝ちをおさめるための技術」です。
あるいは「戦略」とは「局面を作ること」であり、「戦術」とは「局面を利用すること」ということもできるかもしれない。
その扱う規模も次元もまったく別の言葉であることがよくわかります。
また上記のヤン語録には後日談もあります。
「戦略は構想だ、と私は言ったけど、あるいは価値判断だというべきかもしれないね。戦略の段階で最善をつくしておけば、戦術レベルでの勝利はえやすくなる。なあ、ユリアン、私は奇蹟を生むとか一部で言われているけど、それは戦術レベルでのこと。戦略レベルでは奇蹟も偶然もおこりっこない。だから戦略こそ、ほんとうに思考する価値があるんだよ。」
これはものすごく大事なことをいっていて(まあヤン・ウェンリーのいうことをお前はどれだけ真にうけてるんだという指摘もあるだろうけど)、「戦略」と「戦術」では戦略のほうが重要だし、戦略さえ万全であるならすぐれた戦術家なんてのは不要で、(極論)誰が用兵しようと勝てるということ。
このへんの話は具体的にしたほうがわかりやすいんだけど、たとえばリスティング広告のチューニングだとか、アクティブサポートの実施みたいなことはいずれも戦術レベルの話で、「どうやるか」が大事じゃないとはいわないんだけど、比較の問題とするならば瑣末な話でもある。
考えるべきはもう一段階上のレベルで、人員の問題、コストや効率の問題、そしてそれをやること(やらないこと)で生まれる変化や影響について考えぬくことであり、よくいわれる「選択と集中」をとことん考えることこそが戦略なわけです。
(この場合の「選択」というのは「やること」を選ぶんだけど、当然「やらないこと」を決めることのほうが心情的にむずかしいし、そして現実は「やらないこと」を選んで捨てなきゃいけない)
ミラクル・ヤンが自分が起こす奇跡的な勝利を戦術レベルの話だと自ら認めていることも重要で、つまり戦術で戦略のミスを挽回することは不可能ではないけど、奇跡みたいなものだということです。そして奇跡はめったに起きないから奇跡なんだよね。
ヤンはこんなこともいっている。
「少数で多数を撃破する戦いが、なぜ有名になると思う?そんな例はめったにないからだよ。100の会戦のうち99までは、兵力の多いほうが勝つ。」
じっさい織田信長は桶狭間での戦い――まさに奇跡――で今川義元をやぶって以来、奇襲攻撃をしかけてない。入念な準備をして、相手を上回る戦力を整え、調略を行い、開戦前にほぼ勝負を決めている(それでも苦戦してるのはいかに兵が弱いかって話でもあるんだけど)。
戦術に頼ることがいかに危険かということの具体例として、たとえばSEOなんかがある。検索順位の上下によって売上が大きく左右されてしまうというのはまさに戦いにおける戦術依存度が高すぎることを示している。
(つまりリスク分散というのは戦略レベルの話だということですね)
セミナーにしろ書籍にしろ、いかに「戦術」についてばっかり語られているかということがよくわかると思います。もちろん戦略なんてのは「自分で考えろ」がオチで、だからそもそも誰かに聞いたりするようなものではないのも事実なんですけど、じゃあ会社内で語られているのか、さらにはそれを最前線の軍団に伝えたり徹底したりできているのかというと、できてない会社も多いんじゃないかなあ。
また、戦略は「自分がこうしたい」だけでは決まらない。
あくまでも「勝つための(勝ちやすい)状況をつくること」なら、競合のことも考えなければならないし、世の中のことも意識しなければならない。
そうやって「どうすれば勝てるか」、いや「負けずにすむか」ということを数カ月や数年単位で考えなければならないわけです。なぜなら準備――とくに人の成長――には時間がかかるものだから、そう簡単に結果が出ないので。
(失敗したときにそこで費やした時間もまるごとムダになるから戦略は大事ともいえる)
ま、そんなこんなで「戦略」は大事だよねって話です。
ただこういうのは「銀英伝」の世界のように2〜3の勢力が争っている場合は単純でいいんだけれども、現実世界の企業活動はもっとたくさんの勢力がいるわけです。だから「戦略」だけではどうにもならない。
なぜか。
そもそも戦略のバリエーション(その状況下での選択肢)なんてそう多くあるわけでもなく、だいたい3つから5つくらいしか存在しない。
(たとえばぼくが語る「最高・最安・最愛」は3つだし、その派生パターンを入れても5つ程度にしかならないでしょう)
そして参加プレイヤーが多い場合は、同じ戦略を選ぶライバルも当然予想されるわけで、選んだ戦略がたとえ正しかったとしても、それだけでは勝利条件にならない。ゆえに「戦術」も重要となるわけです。
だからどっちが大事って話じゃないんです。
ただし考える順番、優先順位は明確で、「戦略」で失敗したら挽回がむずかしいわけだから、とにかく戦略を徹底的に考える。現状認識、自分たちの戦力分析をとことんやって、未来予測や競合企業の動向などもあらゆるパターンを想定尽くして、どうすれば「勝ち筋」が見えるかを考え抜かないといけない。
そうすればおのずとやるべきことは見えるわけで、あとはその個々の局地戦において勝つ、少なくとも致命的な負け方をしないために全力を尽くす。予算が許すなら戦術家(コンサル等)に用兵を教わるのもいいと思う。ま、エセ戦術家に教えをこうと危険なんですけどね。
とりたてて結論のないことをだらだらと書いてきてるんですけど、とりあえずはこのくらいの共通認識をした上で「戦略」だの「戦術」だのを語ると有意義かなと。
[追記]
Blu-ray BOXがだいぶ安くなってきましたね。そのうちコンプリート版が出そうだけど。
yamashita
>考えるべきはもう一段階上のレベルで、人員の問題、コストや効率の問題
ここ、いわゆる兵站(へいたん)と呼ばれる部分ですね。本来の意味で言うと、補給物資の確保や兵員の移動支援の計画のことを指しますが、戦略は戦術によって構成され、その戦術は兵站計画によって成否が左右されます。
選んだ戦術が実行可能かどうかは、物資設備や環境が整っているかどうかで決まってしまい、実際に現実の経済活動ではこの兵站のレベルによって戦術は大きく制限されます。リソースの問題、スペースの問題、キャッシュの問題、あとコミュニケーション環境や、業務の整備レベルなどなど。
つまりこの兵站がちゃんとしてないとまともな戦術が実行できなくて、戦略すら絵に描いたモチになってしまうんですよね。兵站は戦略にも大きな影響を与えます。
おそらく河野さんはその辺のことは本能的に押さえていて、意識せずともこの兵站を整えているから当たり前のように戦略のことを話せるような気がします。
が、実際の企業を見るとこの兵站が疎かになっているところが非常に多くて、「どっかからまた情報を引っ張ってきたみたいだけど、そんな戦術、今の社内環境でそもそもどうやって実行するの!?」という場面はもはや日常茶飯事です。
戦術を実行に移す前に、何万人もの軍隊を移動させながらどうやってその胃袋を満たすんだって話だから、近代的な兵員輸送の手段のない昔の兵站は熾烈を極めたようですね。そんな人数を何十日何か月も賄うだけの食糧なんてとんでもない量だし、例え用意したとしてもその運搬車両だけですごいことになるから、移動途中で都市や集落から掠奪することが前提で進軍計画は作られた、と本に書いてあります。
河野
yamashitaさん、コメントありがとうございます。
兵站が大事なのはわかりますし、ぼくも完全同意ですが、そもそも「リソースの問題、スペースの問題、キャッシュの問題、あとコミュニケーション環境や、業務の整備レベルなどなど」については、戦略を構想する段階の前提条件であって、本来の意味から考えても兵站は(予算ではなく)キャッシュフローや状況に応じた増員など、その作戦を継続するために必要な支援ですよね。
ぼくは戦略には唯一の正解はないといってますが(最高でも最安でも最愛でもいいというように)、それは各々の置かれた状況次第で、正しい戦略や取りうる戦略が変わるからです。
「最高」や「最安」を取れないから「最愛」という側面は文字通り「弱者戦略」としてあるわけで。
ゆえに戦略を決める際には自分たちのリソースも当然踏まえて決めるべきですから、ぼくのイメージではそれは兵站とは呼びません。
ただし「担当者ひとりに丸投げしてなんとかしろ」みたいな話は兵站無視なのもわかります。
(ただこれもひとりしか確保できないのに無謀な作戦を立ててるんじゃないよって思います)
戦術はさらに具体的な個々の施策に落としこんでいくわけですが、ここにおいても現場の人数や経験値、スキル、あるいはこれまでの蓄積(ブランドイメージなど)を整理して、いちばん成功率の高そうな(そして期待値の大きそうな)ところに集中させることが重要ですね。
なので話を戻すと、作戦行動の継続を支援する兵站が重要なのは同意なんですけど、自分たちのリソースの把握はいちばん最初の戦略を決める時点で行うべきだということです。
yamashita
確かに「兵站」というのは本来であれば後方支援活動にあたる用語なんですけど、おっしゃるようなリソースの把握なんかにあたる言葉がなかったんで、ちょっとズルして「戦略・戦術・兵站」みたいな感じでまとめちゃってるんですよね。
言いたいことを伝えるきっかけになればいいかなという感じで。
でもリソースの把握や環境支援を整えないままに新しい企画を求めては失敗を重ねて、根本原因がどこにあるか分かっていない会社が多いのは確かです。
(ちなみに自分は環境支援に「考え方」も含めています。これは戦術がいかに戦略に沿っているかどうか、現実として実行可能かを判断するスキルとして、ある意味現場の人間にとっては重要なバックアップです)
結局、色んなものをひっくるめた企業背景を戦略設計の前後できちんと考えれば、戦略や戦術なんてのは自然と選択できる範囲は決まってしまうってことですね。
毎回同じような戦術の情報収集で外に出る時間があるのなら、その前にまず社内で見るべきところ考えるべきところがあるだろうと。
河野
「戦術がいかに戦略に沿っているか」というのはとても大事で、そこがズレてるとどんなに戦術的にすぐれていても無意味ですね。
(求める戦果は得られない)
「あるべき論」みたいな帰納的なアプローチと、それが現状のリソースで実現可能かという演繹的なアプローチと、その両方で確認しないといけないと思います。
というか優秀な経営者はそれを自然とやってるんでしょうね。